以前このブログでは、エタノールを植物に与えることで、高温ストレスへの耐性を高める可能性について紹介しました。
特に興味深かったのが、トマトに20mMという低濃度のエタノールを事前に与えることで、高温によるダメージが軽減されたという研究です。
ところが2026年、さらに気になる研究結果が発表されました。
今度は高温ではありません。
低温です。
こんにちはチーパパです。
エタノールを植物に事前に与えることで、0℃を下回る低温・凍結ストレスへの耐性も高まる可能性が確認されました。
しかも今回使われた植物の一つが、北海道では非常になじみ深いテンサイです。
高温にも低温にもエタノール。
一見すると正反対のストレスなのに、なぜ両方に効果があるのでしょうか。
今回は2026年に発表された最新研究を中心に、
- エタノールは本当に低温にも効果があるのか
- 高温対策の研究とは何が共通しているのか
- 20mMや80mMとはどれくらいの濃度なのか
- 北海道の農業や家庭菜園で応用できる可能性はあるのか
について分かりやすく紹介します。

エタノールは低温にも効果がある?
結論からいうと、研究ではエタノールを事前に与えた植物で、低温・凍結ストレスに対する耐性が向上する結果が確認されています。
2026年6月、理化学研究所などの共同研究グループは、シロイヌナズナとテンサイにエタノールを投与した後、0℃を下回る環境にさらす試験を行いました。
その結果、エタノールを投与した植物では、投与していない植物と比べて低温ストレス後の生存率が高く、生育状態も良好でした。
ここで大事なのは、寒くなってからエタノールを使ったわけではないことです。
低温ストレスを与える前にエタノールを植物へ与えています。
つまり、
エタノールで植物を温める
という話ではなく、
寒さが来る前に植物自身を寒さに備えさせる
という考え方です。
このように、植物へあらかじめ刺激を与え、その後に起こる環境ストレスへの耐性を高める方法をケミカルプライミングと呼びます。
高温対策の研究でも20mMのエタノールが使われていた
今回の低温研究が面白い理由の一つが、これまでの高温研究との共通点です。
2022年に理化学研究所などが行った研究では、シロイヌナズナに20mM、約0.117%のエタノールを3日間事前投与しました。
その後50℃で3時間という非常に厳しい高温ストレスを与えたところ、エタノールを事前に与えた植物では生存率が向上しました。
レタスを使った圃場試験でも、高温条件下で生育が良好になる結果が確認されています。
さらに2024年には、トマトの実験用モデル品種マイクロトムでも試験されています。
こちらでも使われた濃度は、
20mM
です。
20mMのエタノールを3日間事前投与した後、50℃で4時間処理したところ、高温ストレスによる葉のダメージが軽減されました。
さらに50℃で2.5時間の高温処理を行った試験では、その後の果実の生育にも改善が確認されています。
つまり、高温対策の研究では、
シロイヌナズナ 20mM
トマト 20mM
という低濃度のエタノールが使われていました。
以前紹介したエタノールの高温対策は、こうした研究をもとにしています。
そして低温研究でも20mMが登場
今回発表された低温研究を見て、個人的に特に面白いと思ったのがここです。
低温研究でも、シロイヌナズナには20mMのエタノールが使われています。
試験では、種まきから15日間育てたシロイヌナズナに20mM、約0.12%のエタノール水溶液を6日間与えました。
その後、
マイナス4℃で16時間
という凍結ストレスを与えています。
その結果、エタノールを事前に与えた植物では生存率が高くなり、低温処理後の緑色の葉の面積も大きくなりました。
整理するとこうなります。
| 研究 | 植物 | エタノール濃度 | 与えたストレス |
|---|---|---|---|
| 2022年 高温研究 | シロイヌナズナ | 20mM | 50℃・3時間 |
| 2024年 高温研究 | トマト | 20mM | 50℃・4時間 |
| 2026年 低温研究 | シロイヌナズナ | 20mM | -4℃・16時間 |
| 2026年 低温研究 | テンサイ | 80mM | -2.1~-3.5℃・一晩 |
高温研究でも20mM。
低温研究でも20mM。
どうやらエタノールは、単純に高温専用の対策ではなさそうです。
北海道で注目したいのがテンサイの試験
そして今回の研究で北海道の農業に関わる人なら気になるのがテンサイです。
試験では、種まきから7日間育てたテンサイに、
80mM、約0.48%のエタノール
を3日間与えました。
その後、
マイナス2.1~マイナス3.5℃で一晩
低温処理しています。
その結果、エタノールを与えたテンサイでは、低温処理後の生育状態が改善しました。
しかも今回の共同研究には、農研機構北海道農業研究センター芽室研究拠点も参加しています。
北海道では春先の低温や遅霜は珍しいものではありません。
そこで、北海道の主要作物であるテンサイでも結果が確認されたというのは非常に興味深いところです。
20mMや80mMってどのくらい?
ただ、農業をしている人でも20mMや80mMと言われて、すぐに濃度をイメージできる人は多くないと思います。
理化学研究所では、
20mM 約0.12%
80mM 約0.48%
としています。
かなり薄い濃度です。
家庭菜園でイメージしやすいように、以前このブログでも紹介した日本薬局方の消毒用エタノール約80%で単純換算してみます。
20mM相当なら500mLに約0.75mL
程度になります。
つまり500mLの霧吹き1本分の液を作るとしても、必要になる消毒用エタノールは1mLにも満たない程度です。
一方、今回テンサイで使われた80mMは、その約4倍です。
ただし、これは研究濃度を市販の消毒用エタノール濃度に当てはめて計算した参考値です。
20mMの液をトマトやピーマンに霧吹きすれば寒害を防げるという意味ではありません。
研究条件と家庭菜園での散布条件は分けて考える必要があります。
農家目線では80mMはどれくらい?
農業現場ではさらにスケールが大きくなります。
純エタノールとして80mMの水溶液を1000L作る場合、必要になるエタノールは約4.7L相当です。
又、農業用のエタノール系資材としては、土壌還元消毒用のエコロジアールなども販売されています。
土壌還元消毒用のエコロジアール。主成分はエタノールで、通常は60〜120倍程度に希釈して土壌へ処理し、微生物の働きによって土壌を還元状態にすることで病原菌やセンチュウ類を抑える資材です。
ただし、今回紹介している低温耐性研究とは使用目的が異なります。エコロジアールをテンサイへ葉面散布して低温耐性を高める使用方法が確立されているわけではありません。
すでに農業用として販売実績があったのと、大型規格のエタノール資材として紹介します。
仮にエタノール濃度約65%として80mM相当を単純換算すると、
1000Lに約7L前後
というイメージになります。
倍率で見ると、
約140倍相当
です。
ただし、これもあくまで研究濃度をエタノール含有量だけから換算した数字です。
エコロジアールは本来、土壌還元消毒を目的とした農業資材です。
今回の研究で、エコロジアールを約140倍でテンサイへ葉面散布したわけではありません。
研究濃度を農業現場の数字に置き換えると、このくらいになるという参考として考えてください。
今回の研究は葉面散布試験ではない
ここはかなり重要です。
今回の研究では、ポットを薄いエタノール水溶液が入ったトレーに置き、植物へエタノールを与えています。
農家がブームスプレーヤーで葉面散布する方法や、家庭菜園で霧吹きを使って葉へ直接散布する方法とは違います。
そのため、
20mMなら低温対策になる
80mMならテンサイの霜害を防げる
と現時点で判断することはできません。
ただし、今回の研究ではもう一つ面白い結果が出ています。
揮発したエタノールに植物をさらした場合でも、低温ストレス耐性が向上しました。
研究グループでは、葉からエタノールが吸収された可能性を考えています。
将来的に葉面散布などの使いやすい方法へ発展する可能性はありそうですが、ここは今後の研究を待ちたいところです。
なぜ高温にも低温にも強くなるの?
高温にも低温にも効果がある。
普通に考えると少し不思議です。
しかし、エタノール自体が植物を冷やしたり温めたりしているわけではありません。
高温研究では、エタノールを事前に与えることで、
- ストレス応答に関係する遺伝子
- 活性酸素を除去する仕組み
- 糖の代謝
- タンパク質を正常に保つ仕組み
などが変化することが報告されています。
今回の低温研究でも、
- 低酸素応答
- 活性酸素応答
- 環境ストレス耐性
- アントシアニン生合成
などに関係する遺伝子の働きが高まりました。
つまり、
エタノールによって植物が環境ストレスに備える状態になる
と考えると分かりやすそうです。
高温専用でも低温専用でもなく、植物自身がストレスに耐えるためのスイッチを事前に入れているようなイメージです。
高温の記事を書いた時よりエタノールが面白くなってきた
以前、高温対策としてエタノールの記事を書いた時は、
低濃度のエタノールで植物の高温耐性が高まる
というだけでもかなり興味深い研究だと思っていました。
ところが、その後も研究を追ってみると、
高温だけではなく、
- 塩ストレス
- 乾燥ストレス
- 強光ストレス
- 低温・凍結ストレス
など、さまざまな環境ストレスとの関係が研究されています。
今回の低温研究によって、エタノールを単なる高温対策として見るだけでは足りなくなってきたように感じます。
北海道農業で実用化されたら面白い
北海道で農業をしていると、低温はかなり身近な問題です。
春の遅霜。
播種や定植後の急激な冷え込み。
そして秋の早霜。
もし天気予報で低温が予想された数日前にエタノールを処理することで、作物自身を低温に備えさせることができるなら、新しい寒害対策になる可能性があります。
特に今回、テンサイで結果が確認された点には注目しています。
ただし現在はまだ研究段階です。
理化学研究所も、今後は実際の栽培環境を想定してエタノールの投与条件を最適化していくとしています。
つまり、
効果の可能性は確認されたけれど、現場での使い方はこれから
という段階です。
ここを混同しないことが大切です。
家庭菜園でも今後試してみたい
家庭菜園でも個人的にかなり気になっています。
北海道では夏野菜がまだ実を付けているのに、秋になると朝晩の気温が一気に低下します。
例えば同じ作物を、
エタノール処理あり
エタノール処理なし
に分けて、
- 最低気温
- 処理日
- 葉の傷み
- 生育
- 果実への影響
などを比較すると面白そうです。
ただし、今回紹介した20mMや80mMはあくまで研究条件です。
家庭菜園で使用する場合の適正な散布濃度として確立されているわけではありません。
実際に試す場合も、全株へ一気に処理するのではなく、条件を分けて観察する必要がありそうです。
まとめ エタノールは高温だけでなく低温にも期待
今回の研究を整理すると、
- 2022年の高温研究ではシロイヌナズナに20mM
- 2024年のトマト高温研究でも20mM
- 2026年の低温研究ではシロイヌナズナに20mM
- テンサイでは80mM
- エタノールを事前に与えることで低温ストレス後の生育や生存率が改善
- エタノールが植物のストレス防御反応を事前に活性化している可能性がある
- 現時点では低温対策としての葉面散布方法や使用濃度は確立されていない
ということになります。
高温にも低温にも。
最初に聞くと少し怪しく感じる話ですが、研究を見ていくと、エタノールそのものが温度を変えているのではなく、植物自身のストレス耐性に働きかけていると考えた方が分かりやすそうです。
特に北海道では、春先の遅霜や秋の早霜は毎年のように問題になります。
そして今回、その北海道で主要作物となっているテンサイでも結果が確認されました。
まだすぐに農業現場で使える技術ではありませんが、身近で比較的安価なエタノールが寒害対策につながる可能性があるというのは非常に興味深い研究です。
以前紹介した高温対策の記事とあわせて、今後もエタノールと植物の環境ストレスについて追いかけていきたいと思います。
参考資料
理化学研究所
エタノールが植物の高温耐性を高めることを発見
2022年6月22日
理化学研究所
エタノールがトマトの高温耐性を高めることを発見
2024年2月19日
理化学研究所
身近な物質エタノールにより植物の低温耐性が向上
2026年6月4日
Todaka D. et al.
Application of ethanol alleviates heat damage to leaf growth and yield in tomato
Frontiers in Plant Science, 2024
Todaka D. et al.
Ethanol application enhances freezing stress tolerance in Arabidopsis and sugar beet
Plant Molecular Biology, 2026
